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Thermodynamics
更新:2025/5/30
「熱力学における可逆・不可逆の理論」
– 第二法則・第三法則の基幹概念 –
序
本書の性格は一口に言えば「比較熱力学」とでもいうべきもので,古典熱力学の核心である第二法則の導出をいく通りもの仕方で示す.勿論物理法則である以上導き出された結論は同じである.ではなぜそのような思考の浪費と思えるような繰り返しをするのか?熱力学は難しい学問である.これは学生側ではなく,教える側として筆者の実感である.量子力学より難しいのではないか.量子力学では式を解けばよい.しかし熱力学の場合は方程式というものはない.学識豊かな教授でさえも意見が食い違うことは珍しいことではない.試験問題委員会で下手な問題を出すと議論が収束せず,結局この問題は止めようということになる.Gyftopoulos and Berettaの教科書では,次のように始められている.「グッゲンハイムの教科書(初版本1950年)で,熱力学の教科書は既に多くあるにもかかわらず敢えてここに新たな一冊を加えるのはなぜかと問うている.それから今までの70年間に一体どれくらいの熱力学の教科書が出されたことだろうか?」.そのときベストと思ってもまたベストが現れる.これは何よりも物理学者自身が従来の教えられ方では不満があることの証拠でないか.ゾンマーフェルトはこう述べている.「分かったつもりになってもまた分からなくなるのが熱力学である」.
困難はだいたいエントロピーに関するものといえる.確かにエントロピーという概念は抽象的であるが,しかし筆者の見るところでは,むしろその前提である可逆・不可逆という概念が曖昧になっていることが一番の原因ではないだろうか.熱力学の有効
性はミクロからマクロ現象,宇宙までに渡り,その応用は物理,化学から工学的応用,実に多様な分野に及ぶが,この万能さが仇となる.どの分野でも,そのスケールに対応した物質の性質が現れる.物質の性質は限りなく深い.それが物事を複雑にし,容易に可逆・不可逆の区別をつかなくさせる.現実の問題に面して分からなくなったときに熱力学教科書を開いても教科書は答えてくれない.